正月の風物詩【箱根駅伝】は、毎年1月2日と3日に開催され、2025年に101回目を迎える。
東京・大手町から箱根・芦ノ湖までの往復合計217.1kmの道程を、各大学10名のランナーがタスキを繋ぎながら走る。約11時間に及ぶ激戦の中で、抜きつ抜かれつの逆転ドラマがいくつも繰り広げられてきた。
しかし「逆転ドラマ」と言えども、実は10区アンカーでの首位交代は意外と少ない。2024年現在から1998年までの27年間を遡ってみても、10区でトップが交代した例はたった二回しかなかった。つまり、優勝争いは9区までに決することがほとんどなのだ。
では、どの区間までにトップに立てば、総合優勝がほぼ確実となるのか? また、往路 (初日) の優勝チームが復路 (二日目) も逃げ切る確率はどの程度なのか?
本記事では、各区間のトップ通過チームの優勝確率を分析し、箱根駅伝優勝のカギとなるターニングポイントを探った。
■各中継所トップ通過チームの勝率グラフ
※以降、当記事内のグラフ画像は全て同じもの。便宜上、複数回使用している。
まず、各区間のグラフの1段目 (赤い太線) は、直近27年間における総合勝率を示している。さらに、その内訳を三つの時代(2017〜2024、2006〜2016、1998〜2005)に分けて2・3・4段目に示した。これにより、時代ごとの傾向も読み取れるだろう。
当然ながら、「10区終了時トップ」は総合優勝を意味するため、勝率は必ず100%となっている。
2段目は「現行コース時代」 (2017〜2024)
主に青山学院大学が強く、チームカラーに合わせ緑を採用した。
3段目は「山の神時代」(2006〜2016)
この時期は、5区山登りの区間が延長され、「山の神」と称された3名、今井正人選手(順天堂)・柏原竜二選手(東洋)・神野大地選手(青山学院) に代表される強力なクライマーが、戦況に大きな影響を与えていた。主に東洋大学が強く、紺色を採用した。
4段目は「復路逆転時代」(1998〜2005)
公式サイトで遡れる最古の定点データが1998年であったため、前述の5区延長前年までをひと括りとした。主に順天堂大学や駒澤大学が復路9区などで逆転劇を演じており、紫を採用した。
■どこまでにトップに立てば勝てるのか?
それぞれの時代で、優勝確率が初めて50%を超えるタイミングは以下の通りである。
現コース時代 (2017〜2024) が「4区」
「山の神」時代 (2006〜2016) が「5区」
復路逆転時代 (1998〜2005) が「6区」
50%という勝率は「確実」とまでは言えないかもしれないが、これ以降は逆転される例のほうが少なくなるという意味で、ターニングポイントとして捉えられるだろう。特に着目すべき部分は、最近になるほど決着が前倒しになっているという点だ。
上位チームの有力ランナー同士が競り合い、後続と大きな差を広げていく現代の箱根駅伝では、シューズの機能向上もあいまって、序盤多少オーバーペースで入っても、終盤で大きなブレーキは生じにくくなっている。結果、上位でレースを進めるチームに有利な環境が出来上がっている。
10区間のうちの4区までに優勝が決まってしまうのなら、最近の箱根駅伝はつまらないってこと? という疑問に対しては、記事の最後の「まとめ」でひとつの答えを用意している。端的に言えば、これらはあくまで過去の傾向であり、しかも箱根駅伝の魅力は優勝争いだけにとどまらない、ということだ。
ここからは、特に目についた「1区」「5区」「9区」について、さらに詳しく掘り下げていく。
「1区」という魔境
多くの賢明な読者の予想通り、1区終了時にトップに立ったチームの優勝確率はわずか11.1%にとどまった。鶴見中継所でのタスキリレー時点では、全長217.1kmのうち21.3kmが終わったに過ぎず、決着はまだまだ先だ。
過去27年間で、1区区間賞を獲得したチームが優勝した例はわずかに三つ。
・第79回(2003) 内田直将選手 (駒澤)
・第87回(2011) 大迫傑選手 (早稲田)
・第92回(2016) 久保田和真選手 (青山学院)
いずれも1区で区間賞を獲得した後、チームも優勝を果たしている。
レース展開を見ると、第79回・第87回は後にトップを譲るも復路で逆転。第92回の青山学院大は、2区以降も首位を維持し「完全優勝」を成し遂げた。
■1区区間賞の落とし穴
奇妙なことに、2024年現在のルール下となってからの直近8年では、1区区間賞を獲得したチームが優勝した例が一度もない。
◆優勝チームの1区成績
・第93回(2017) 青山学院 1区4位
・第94回(2018) 青山学院 1区5位
・第95回(2019) 東海 1区6位
・第96回(2020) 青山学院 1区7位
・第97回(2021) 駒澤 1区15位
・第98回(2022) 青山学院 1区5位
・第99回(2023) 駒澤 1区2位
・第100回(2024) 青山学院 1区9位
この現象は、ある意味で箱根駅伝の「区間配置の妙」を物語っているかもしれない。
つまり、1区で区間賞を獲得できる(獲得できてしまう)選手を配置したチームは、その後の重要な2・3・4区のどこかが手薄になり、結果的に総合優勝を逃しているのではないか、というロジックである。
■しかし出遅れも厳禁
グラフでは省略したものの、さらに興味深いデータとして、1区終了時点ではなく、途中の京急蒲田駅15km付近でのチーム順位に焦点を当てた調査も行なった。
結果として、1998〜2005の復路逆転時代には、優勝チームの実に50%が蒲田で遅れをとっていた。1区中盤で出遅れてもまだ望みがあったということだ。
しかしその傾向は徐々に減少し、2006〜2016の山の神時代には36%、ついに2017〜2024の現行コース時代では、蒲田で先頭にいなかったチームが優勝したパターンは25%まで下がり、わずか2回にとどまっている。
その2回はいずれも青山学院大学であり、第98回 (2022) で吉居大和選手 (中央) の飛び出しに反応しなかったケースと、第100回 (2024) で篠原倖太朗選手 (駒澤) の飛び出しに一旦反応したものの遅れたケースである。
とはいえ、そのどちらも第二グループには位置しており、1区の蒲田で第三グループ以降まで脱落したチームが優勝した例は、最近8年では一度もなかった。
この変化の要因として、1区の重要性が昔と今で異なってきていることが考えられる。
かつての1区はスローペースで進行し、中継所手前のスパートが勝負を決めるケースが多かった。しかし近年の1区は以前よりさらに有力選手が集まり、ハイペースで進行することが増えた。そのため、早い段階で出遅れると、鶴見中継所までに甚大な差が生まれてしまう可能性が高くなっている。
「区間賞」でも「出遅れ」でも優勝が遠ざかる。毎年各校の監督たちを悩ませる「1区の人選の難しさ」が、これらのデータからも伝わってくる。
「5区」終了時トップ——往路優勝が意味するもの
結論として、初日の覇者「往路優勝」が意味するものは時代ごとに異なっている。
◆復路逆転時代 (1998〜2005):
往路優勝のチームが総合優勝する確率は、たった37.5%であった。
2024年現在の感覚からすると、初日に往路を制してもひっくり返される確率のほうが高いというのは、なかなか衝撃的なデータである。
◆山の神時代 (2006〜2016):
往路優勝のチームが総合優勝する確率は、72.7%と圧倒的。5区延長前と比べると、ほぼ倍に跳ね上がっている。
「総合優勝のためには、往路優勝が条件」と語られる現代に至るまでの流れは、この時代に生まれたものと見ていいだろう。往路優勝が7割以上の確率で総合優勝に結びついていた当時のレース感覚を、見事に表している格言であるように思う。少なくとも、37.5%だった復路逆転時代にこれを言う人はいなかっただろう。
◆現行コース時代 (2017〜2024):
往路優勝のチームが総合優勝する確率は、62.5%。やはり山の神時代と比べると減少したが、それでも半分以上をキープしている。
5区の距離で言えば、復路逆転時代と同じ20.8kmに戻っているにもかかわらず、確率は戻っていない。23.2kmに延長された山の神時代を経たことにより、現行コース時代の箱根駅伝における戦略・思想は、全くの別物に生まれ変わっている。
実際に、「総合優勝のためには、往路優勝が条件」という思想は依然として根強い。
データともおおよそ一致するわけだが、さらにデータに準拠するとなると、言葉選びは変わってくる。言うならば、往路の1〜4区、「往路の平地を制するチームが、箱根駅伝を制する」といったところだろうか。
2017年の5区短縮以降、山区間のウェイトは確実に下がっている。ここ8年の優勝チームはすべて、4区を2位以内で終えており、5区での首位交代にいたってはまだ一度もない。
ただし、中央学院大学の川崎勇二監督によれば、優勝チームのほとんどは5区6区の合計タイムもトップ、といった研究結果もあるようだ。
「9区」かつては逆転の区間だったが……
■8区終了時まで逃げたチームの勝率の変化
9区のトレンドの変化を理解するためには、8区終了時の勝率を分析することが必要である。時系列順に見ていくと、75.0%→81.8%→87.5%と年々上昇しており、9区以降の逆転が次第に起きにくくなっていた。
■復路逆転が起きた年
◆復路逆転時代(1998〜2005)
第75回(1999) 往路=駒澤 総合=順天堂 9区逆転
第77回(2001) 往路=中央 総合=順天堂 10区逆転※
第78回(2002) 往路=神奈川 総合=駒澤 6区逆転
第79回(2003) 往路=山梨学院 総合=駒澤 9区逆転
第81回(2005) 往路=東海 総合=駒澤 7区逆転
※6区で首位浮上 + 10区で駒澤を再逆転
◆山の神時代(2006〜2016)
第82回(2006) 往路=順天堂 総合=亜細亜 9区逆転
第84回(2008) 往路=早稲田 総合=駒澤 9区逆転
第87回(2011) 往路=東洋 総合=早稲田 6区逆転
◆現行コース時代(2017〜2024)
第94回(2018) 往路=東洋 総合=青山学院 6区逆転
第95回(2019) 往路=東洋 総合=東海 8区逆転
第97回(2021) 往路=創価 総合=駒澤 10区逆転
最多はイメージ通り「9区」の逆転で、4回起きている。しかし、奇しくも二代目山の神・柏原竜二選手が登場した第85回(2009)以降、往路で大量リードを築く戦略が広まったこともあってか、9区での首位交代は長らく起こっていない。
まとめ
・各中継所トップ通過チームの優勝確率には、時代ごとに傾向が見られる。
・勝率50%を超えるタイミングは、1998〜2005は「6区」、2006〜2016は「5区」、2017〜2024は「4区」。これは、箱根駅伝の決着が年々前倒しになっていることを示している。
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最後に、日本テレビによる第1回放送(第63回・1987)に生まれた、伝説の実況をここで紹介しておきたい。
「コースに山あり坂あり、チームにカラーあり、そして選手には個性があるというのが、箱根駅伝であります」
たとえ決着が早くなったとしても、箱根駅伝には優勝争いだけではない楽しみ方がいくつも残されている。5区6区の箱根山中の壮大な風景のほか、主に二日目には、白熱するシード権 (上位10位までが来年の出場権を獲得できる) の争いなど、依然として見る価値がある。
例えば、筆者が提唱した「10000mスコア」という新しい評価指標は、新たな箱根駅伝の楽しみ方の一つだ。
https://wblog.tetsukontasukiworld.jp/2024/01/02/16774/
駅伝レースの結果を「共通通貨」のようにスコア化することで、客観的な評価、隠れた選手の功績の発見、さらには異なる区間同士での比較を可能としている。
将棋界が積極的にAIを導入し、対局棋士らの形勢を可視化するなどして新たな楽しみ方を提供しているように、駅伝界もデータによって新たな視点を獲得できる余地があると考えている。
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対象大会:
「東京箱根間往復大学駅伝競走」(通称”箱根駅伝”)
対象期間:
第74回(1998)〜第100回(2024)
(https://www.ntv.co.jp/hakone/backnumber/)
(2024年9月10日閲覧)
出典について:
本記事で使用している箱根駅伝の元データは、すべて日本テレビ公式ホームページおよび箱根駅伝公式サイトから取得したものであり、筆者に帰属するものではありません。
https://wblog.tetsukontasukiworld.jp/2024/01/05/16834/
https://wblog.tetsukontasukiworld.jp/2024/06/24/18216/